相続

【信託シリーズ③】家族信託が有効な5つの場面|実家・アパート・共有名義・親なきあと・自社株

家族信託は、すべてのご家庭に必要な仕組みではありません

第1回・第2回でお伝えしたとおり、信託は費用がかかり、受託者には重い義務が生じます。財産が預貯金だけで、相続人も1人という場合には、遺言と任意後見で十分に足りることのほうが多いのです。

一方で、「これは信託でなければ解けない」という場面が確かに存在します。この回では、そうした場面を5つ取り上げます。ご自身の状況に当てはまるものがあるかどうか、確認しながら読んでみてください。

※本記事は令和8年8月17日現在の法令・公表情報をもとに作成しています。以下の「よくあるご相談の例」は、実際の事案そのものではなく、ご相談で多く伺う内容をもとに構成したものです。

この連載(全5回)の構成

テーマ
第1回家族信託とは何か|仕組みと登場人物
第2回遺言・成年後見・生前贈与との違いと使い分け
第3回(この記事)家族信託が有効な5つの場面
第4回信託の税金|誰に、いつ、何の税金がかかるのか
第5回失敗しないための注意点|遺留分・30年ルール・信託口口座

0. 5つの場面の全体像

場面困りごと信託で解けること
実家と預金の凍結認知症になると自宅が売れず、施設費用を工面できない受託者が売却・払戻しの手続きを継続できる
収益不動産の管理大規模修繕・建替え・契約更新が止まる受託者の判断で修繕・賃貸経営を続けられる
共有名義の不動産共有者の1人が認知症・行方不明で動かせない管理・処分の権限を1人に集約できる
親なきあと障害のあるお子さまに、渡した財産を管理できない毎月一定額を計画的に給付し続けられる
自社株の承継株を渡すと経営権まで渡ってしまう経済的価値と議決権を分けて渡せる

1. 場面①|実家と預金が「凍結」する前に

何が起きるのか

第1回でお伝えしたとおり、判断能力が失われると、預金の払戻しも自宅の売却もできなくなります。最高裁判所の統計では、成年後見の申立ての動機の**93.4%が「預貯金等の管理・解約」、36.3%が「不動産の処分」**です。多くのご家族が、動かせなくなってから慌てて家庭裁判所に駆け込んでいます。

とりわけ深刻なのが、**「施設に入るために実家を売りたいのに、施設に入るような状態だから売れない」**という矛盾です。

実家の売却をめぐる、備えた場合と備えなかった場合の違い 備えなかった場合は、親が認知症を発症すると自宅が売却できなくなり、成年後見の申立てをして家庭裁判所の許可を得るまで施設費用を工面できません。あらかじめ家族信託を設定していた場合は、受託者である子が自宅を売却して施設費用に充てることができ、手続きが止まりません。 備えなかった場合 認知症を発症 判断能力の低下 自宅が売れない 預金も下ろせない 成年後見を申立て 後見人は家裁が選任 家裁の許可 を得て売却 → 手続きに時間がかかり、その間の施設費用は家族が立て替えることに。後見人の報酬も生涯続きます 元気なうちに家族信託をしていた場合 信託契約を締結 名義は子へ 認知症を発症 判断能力の低下 子が自宅を売却 家裁の関与なし 施設費用に 充てられる → 売却代金も信託財産として管理され、親のためだけに使われます ※信託していない財産の管理や、施設の入所契約そのものには任意後見が必要です
図1:備えの有無で分かれる、実家の売却の流れ。信託があれば、家庭裁判所の関与なく手続きを進められます。

よくあるご相談の例

状況:80代の父が一人暮らし。持ち家(板橋区内の戸建て)と預金約2,000万円。最近もの忘れが増えてきた。長女が近くに住み、通いで支えている。

ご心配:施設に入るとなれば実家を売って費用に充てたいが、そのころには父が契約できる状態ではないかもしれない。

信託で解けること:父を委託者兼受益者、長女を受託者として、自宅と管理用の資金500万円を信託。父の判断能力が落ちた後も、長女が自宅を売却して施設費用に充てられます。売却代金は信託財産として引き続き父のために管理されます。

信託だけでは解けないこと:施設の入所契約・介護保険の申請は身上保護の領域です。信託とあわせて任意後見契約を準備しておきます。

設計のポイント

  • 生活費の口座まで信託する必要はありません。実家+管理用の資金に絞るのが基本です
  • 「自宅を売却できる」旨を信託契約に明記します(権限の書き漏れは実務でよくある失敗です)
  • 自宅を売る際の居住用財産の3,000万円特別控除は、受益者である本人が居住していた等の要件を満たせば適用が検討できます。売却時期によって判断が変わるため、事前に税理士に確認してください

2. 場面②|アパート・貸店舗の管理を止めない

何が起きるのか

収益不動産をお持ちの場合、凍結の影響は「売れない」だけでは終わりません。

止まること影響
大規模修繕(外壁・屋根・給排水)建物が傷み、入居者が離れる
建替え・借入れ相続対策としての建替えができなくなる
賃貸借契約の更新・新規募集空室が埋まらず、収入が落ちる
賃料の受領口座の管理口座が凍結され、修繕費も固定資産税も払えない
滞納者への対応貸主として法的手続きを取れない

賃貸経営は「契約の連続」です。 貸主が契約できなくなった時点で、経営が止まります。

よくあるご相談の例

状況:70代の母が、築30年のアパート1棟(8戸)を所有。長男が実質的に管理を手伝っているが、契約はすべて母名義。数年内に外壁の大規模修繕が必要。

ご心配:母の判断能力が落ちたら、修繕も契約更新もできなくなる。空室が増えれば相続税評価にも影響する。

信託で解けること:母を委託者兼受益者、長男を受託者としてアパートと敷地、管理用資金を信託。長男の判断で修繕・募集・契約更新を進められます。家賃収入は受益者である母のものとして扱われます。

注意すべきこと:信託した不動産から生じた赤字は、他の所得と相殺できません(租税特別措置法41条の4の2)。大規模修繕の時期と信託の開始時期は、税理士と相談して決める必要があります。詳しくは第5回で解説します。

設計のポイント

  • 借入金のあるアパートは要注意です。金融機関の承諾なく信託すると、期限の利益を失う(一括返済を求められる)おそれがあります。必ず事前に金融機関と協議してください
  • 信託後の借入れ(受託者による借入れ)に対応できる金融機関はまだ限られます。建替え・借換えの予定があるなら、金融機関の対応可否を先に確認します
  • 修繕費・固定資産税の支払いに備え、現金も一緒に信託しておきます

3. 場面③|共有名義の不動産を「動かせる」状態にする

何が起きるのか

共有名義の不動産は、共有者全員の同意がなければ売却できません(民法251条・持分の処分は各自できますが、不動産そのものの処分には全員の同意が必要です)。

相続を経るたびに共有者は増えていきます。3人兄弟で相続した実家が、次の代では甥・姪を含む8人になる。そのうち1人が認知症になり、1人は海外在住で連絡がつかない——こうなると、その不動産は事実上、永久に動かせません。

共有不動産を信託で動かせるようにする仕組み 信託をしない場合、共有者3人全員の同意がなければ不動産を売却できず、1人でも認知症になったり連絡が取れなくなったりすると動かせなくなります。信託をした場合は、3人がそれぞれの持分を長男に信託して管理と処分の権限を長男1人に集約し、売却代金を受け取る権利は3人がそれぞれの割合のまま持ち続けます。 信託をしない場合 長男 1/3 次男 1/3 認知症 長女 1/3 売却には全員の同意が必要 1人でも欠けると 永久に動かせない 3人が持分を信託した場合 長男 1/3 次男 1/3 長女 1/3 受託者(長男)に権限を集約 売却・修繕は受託者の判断で 受益権は3人が1/3ずつ 経済的な取り分は平等のまま
図2:共有不動産の信託。「動かす権限」だけを1人に集め、「もらえる金額」は平等に保ちます。

ここが信託のうまいところです。 経済的な取り分(受益権)は各自1/3のまま平等に保ちながら、意思決定の窓口だけを1人にまとめられる。「兄に全部あげる」わけではないので、他の兄弟も納得しやすい設計です。

設計のポイント

  • 共有者全員が判断能力を保っているうちでなければ、この設計はできません。1人でも欠けたら手遅れです
  • 受託者になった長男が勝手に安く売らないよう、信託監督人を置く、売却価格の下限を契約に定める、といった歯止めを設けます
  • 将来の売却代金の分配ルールも、あらかじめ契約に書いておきます

4. 場面④|親なきあと|障害のあるお子さまの生活を守る

何が起きるのか

障害のあるお子さまがいらっしゃるご家庭で、いちばんのご心配は「自分たちが亡くなった後、この子は大丈夫だろうか」という一点に尽きます。

財産を遺すだけでは、次の問題が残ります。

  • まとまったお金を管理できず、使い切ってしまうおそれ
  • 悪意のある人にだまし取られるおそれ
  • お子さまが亡くなった後、財産が意図しない人に渡る(相続人がいなければ最終的に国庫へ)

遺言では「渡す」ところまでしか決められません。渡した後の管理まで設計できるのが信託です。

親なきあとに備える福祉型信託の流れ 親が委託者となり、信頼できる親族などを受託者として財産を信託します。親が生きている間は親自身が受益者となり、親が亡くなった後は障害のある子が第二受益者となって、受託者から毎月一定額の生活費を受け取ります。子が亡くなった後に残った財産は、あらかじめ指定した支援団体や親族に引き継がれます。 「渡す」だけでなく「渡し方」と「その先」まで決められる 第1段階 親が受益者 親の生活のために 第2段階(親の死亡後) お子さまが受益者 毎月一定額を給付 第3段階(お子さまの死亡後) 残った財産の帰属先 親族・支援団体などを指定 まとめて渡さない 例:毎月◯万円ずつ 医療費は実費で別途 見守る人を置く 受益者代理人(信託法138条) 信託監督人(信託法131条)
図3:親なきあとに備える信託の基本形。受益者を順に定めることで、お子さまの一生涯を計画的に支えます。

よくあるご相談の例

状況:60代のご夫婦。長男(30代)に知的障害があり、就労継続支援B型を利用中。ほかに長女(既婚・県外)。財産は自宅と預金約3,000万円。

ご心配:自分たちが亡くなった後、長男が財産を管理できるか。長女に負担をかけたくないが、頼れる人が他にいない。

信託で解けること:父を委託者、長女を受託者とし、預金の一部を信託。父の存命中は父が受益者、父の死亡後は長男が受益者となり、毎月一定額が長男に給付される設計にします。長男が亡くなった後の残余財産の帰属先も、契約であらかじめ定めておきます。

あわせて備えること:長男の身のまわりの手続き(施設・医療・福祉サービスの契約)は信託では担えません。長男自身の成年後見、または地域の相談支援専門員・社会福祉協議会との連携が必要です。

設計のポイント

  • お子さまが受益者になった後、受益者代理人(信託法138条)を置いておくと、受益者本人が権利行使できない場合にも信託が機能します
  • 受託者となるご兄弟の負担が重すぎないよう、給付のルールを具体的に契約に書く(毎月◯日に◯万円、医療費は領収書と引換えに実費、など)ことが実務上のコツです
  • 受託者が先に亡くなった場合に備え、次の受託者を必ず定めます。この設計は数十年続く可能性があります

5. 場面⑤|自社株の信託(オーナー経営者の場合)

ご家族の相続対策が中心のこの連載では簡潔に触れますが、会社を経営されている方には重要な選択肢です。

自社株には「経済的価値」と「議決権」という2つの顔があります。 株を後継者に贈与すれば相続対策になりますが、同時に議決権も渡ることになり、「まだ経営は自分が見たい」という思いと衝突します。

自社株の信託による、経済的価値と議決権の分離 自社株をそのまま贈与すると、経済的価値と議決権の両方が後継者に移ります。自社株を信託した場合は、経済的価値である受益権を後継者に移しつつ、議決権の行使は現経営者が指図権を持つ形で残すことができます。 そのまま贈与した場合 自社株(経済的価値+議決権) 両方とも後継者へ移る 経営権も手放すことに 信託した場合 自社株を信託(受託者が名義人) 受益権(配当等) 後継者へ 議決権の指図 現経営者に残す
図4:自社株の信託。「値上がりする前に価値を渡し、経営権は当面手元に残す」という設計ができます。

なお、他益信託として受益権を後継者に移せば、その時点で贈与税の対象になります(相続税法9条の2第1項)。事業承継税制(非上場株式等の納税猶予)との関係も含め、必ず税理士と設計してください。株価が低い時期に動くほど効果が大きい一方、判断を誤ると多額の贈与税が生じます。

6. 逆に、信託が向かないケース

正直にお伝えします。次のような場合、信託の必要性は高くありません。

こんな場合理由
財産が預貯金のみで、金額も大きくない遺言と任意後見、代理人カードなどで足りることが多い
相続人が1人だけで、争いの心配がない遺言だけで足りる場面が大半
受託者を任せられる家族がいない受託者不在では信託は組成できません。信託会社が受託者になるサービス(商事信託)や後見の検討へ(第5回で解説)
すでに判断能力が低下している契約できません。法定後見によることになります
目的が相続税の節税だけ信託に節税効果はありません(第4回参照)

「信託ありき」で話を進める提案には、慎重であってよいと思います。当事務所では、信託が不要であればその旨をはっきりお伝えします

よくある質問

Q1. 信託した実家を売ったとき、3,000万円特別控除は使えますか?

受益者等課税信託では、税務上、受益者が資産を持っているものとして扱われます(所得税法13条1項)。したがって、受益者本人が居住していた家屋であるなど、居住用財産の特別控除の要件を満たせば適用を検討できます。ただし施設入所後の売却では、住まなくなってからの期間の要件などが問題になります。売却の前に必ずご相談ください。

Q2. アパートを信託すると、相続税の小規模宅地等の特例は使えなくなりますか?

受益者が持っているものとして扱われるため、貸付事業用宅地等としての要件を満たせば適用の余地があります。ただし、信託の設計や事業の継続状況によって判断が分かれる論点です。個別に確認が必要です。

Q3. 共有者の1人が信託に反対しています。どうすればよいですか?

その方の持分は信託できません。一部の共有者だけで信託しても、不動産全体を処分するには結局その方の同意が必要です。全員の合意が前提となる設計ですので、まずは目的(誰の得にもならない塩漬けを避けたい)を共有することから始めます。

Q4. 受託者になった子が、勝手に財産を使ってしまわないか心配です。

受託者は忠実義務(信託法30条)を負い、違反すれば損失をてん補する責任があります。加えて実務では、信託監督人を置く受益者代理人を置く年1回の報告を義務づける多額の処分には第三者の同意を要件にするといった歯止めを契約に組み込みます。

Q5. 親が「財産を取られるようで嫌だ」と言います。

自益信託であれば、利益を受ける権利は親のままです。名義だけを子に預ける仕組みであることを、図1のような形で説明すると納得されることが多いです。それでも抵抗がある場合は、信託する財産を実家だけに絞る、まず任意後見から始める、といった段階を踏む方法もあります。

まとめ

  • 家族信託は万能ではなく、効果が大きい場面と、そうでない場面がはっきり分かれる
  • 実家と預金の凍結…施設費用のための売却を止めない。任意後見とセットで
  • 収益不動産…修繕・契約更新・建替えを継続できる。借入金がある場合は金融機関との事前協議が必須
  • 共有名義…「取り分は平等のまま、決める人だけ1人に」。全員が元気なうちにしかできない
  • 親なきあと…毎月一定額の給付と、その先の帰属先まで設計できる。見守る人を置く
  • 自社株…経済的価値と議決権を分けて渡せる。贈与税と事業承継税制の検討が不可欠
  • 財産が預貯金だけ、相続人が1人、受託者候補がいない——こうした場合は信託より遺言+任意後見

次回は、多くの方が不安に思われる「信託の税金」を、設定時・期間中・終了時に分けて整理します。

第4回:信託の税金|誰に、いつ、何の税金がかかるのか

ご参考(令和8年8月17日現在)

「うちの場合、信託は必要でしょうか」——その判断からご一緒します。財産の内容と相続税の見込みを税理士として試算し、必要であれば行政書士として信託・遺言の設計をご提案します。不要と判断すればその旨もはっきりお伝えします。板橋区・大山の当事務所までご相談ください。

なお、不動産の信託登記は司法書士、ご家族間に争いがある場合は弁護士と、提携の専門家と連携して進めます。

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