相続

【信託シリーズ②】遺言・成年後見・生前贈与と家族信託の違い|比較表で使い分けを整理

「遺言を書けば十分ではないのですか?」——家族信託のご相談で、必ず出る質問です。

結論を先に申し上げます。遺言と家族信託は、競合しません。カバーしている「時間」が違うからです。 遺言が効き始めるのは、ご本人が亡くなった後。家族信託が効くのは、契約した瞬間から亡くなった後まで。両者は重なりません。

そして**多くのご家庭にとっての正解は「どれか一つを選ぶ」ではなく、「足りない部分を補い合うように組み合わせる」**ことです。この回では、4つの制度を正面から比較します。

※本記事は令和8年8月17日現在の法令・公表情報をもとに作成しています。

この連載(全5回)の構成

テーマ
第1回家族信託とは何か|仕組みと登場人物
第2回(この記事)遺言・成年後見・生前贈与との違いと使い分け
第3回家族信託が有効な5つの場面
第4回信託の税金|誰に、いつ、何の税金がかかるのか
第5回失敗しないための注意点|遺留分・30年ルール・信託口口座

1. まず全体像|4つの制度は「効き始める時期」が違う

比較の前に、いちばん大事な視点をお伝えします。それは**「いつから、いつまで効くのか」**です。

4つの制度がカバーする期間 元気なうちから判断能力の低下、そして死亡、相続後という時間軸に沿って、各制度が効く範囲を示した図です。生前贈与は渡した時点だけ、家族信託は契約時から死亡後の承継まで通して効きます。法定後見は判断能力が低下した後から死亡までしか効かず、遺言は死亡した後にはじめて効きます。二次相続以降の承継先を指定できるのは家族信託だけです。 元気なうち 判断能力の低下 ご逝去 二次相続 生前贈与 渡した時点だけ 法定後見 低下後〜死亡まで 遺言 死亡後 ←ここまで 家族信託 契約したときから、二次相続以降の承継先の指定まで 遺言だけでは「判断能力が落ちてから亡くなるまで」の空白が埋まらない 家族信託だけでは「身のまわりの手続き(身上保護)」が埋まらない
図1:4つの制度がカバーする期間。遺言は死後から、法定後見は判断能力の低下後から死亡まで。家族信託だけが全期間をつなぎます。

図のとおり、遺言には「生前の空白」があり、法定後見には「元気なうちに何もできない」という制約があります。家族信託は時間軸としてはいちばん長くカバーしますが、後述のとおり身のまわりの手続き(身上保護)はできません

2. 4制度の比較一覧

まずは全体を1枚の表で見てください。以降の章で、それぞれの違いを掘り下げます。

比較項目遺言法定後見生前贈与家族信託
効力が生じるとき亡くなったとき家庭裁判所の審判が確定したとき贈与契約をして渡したとき契約したとき(生前の好きな時期)
判断能力が落ちた後の財産管理できないできる(ただし維持が目的)できない(贈与契約は無効)できる(受託者が継続)
元気なうちの財産管理できないできない(後見は開始しない)渡した財産のみできる
二次相続以降の指定難しい(後継ぎ遺贈は効力に争いあり)できないできないできる(信託法91条・受益者連続)
身のまわりの手続き(身上保護)できないできる(後見の本来の役割)できないできない
積極的な相続税対策死後の分け方の指定のみ原則できないできる(税負担とのバランス次第)信託自体に節税効果はない
やめる・変更するいつでも撤回・書き直し可原則やめられない(本人が回復するまで継続)履行済みの贈与は原則取り消せない契約の定めによる(委託者と受益者の合意など)
対象になる財産全財産を対象にできる本人の全財産渡した財産のみ信託した財産だけ
費用のかかり方作成時に集中(比較的低い)毎年の報酬が生涯続く贈与税・登録免許税・不動産取得税初期に集中(設計・公正証書・信託登記)
専門家の関与任意(自筆証書なら不要)家庭裁判所の監督が必須任意実質的に必須

3. 遺言と家族信託の違い

3-1. いちばんの違いは「生前をカバーするかどうか」

遺言は、亡くなった後の財産の分け方を決める制度です。生前の財産管理には一切関与しません。したがって、

  • 認知症になった父の自宅を売って施設費用に充てたい → 遺言では何もできません
  • 判断能力が落ちる前にアパートの大規模修繕を任せたい → 遺言では何もできません

一方、家族信託は契約したときから効き始めます。「元気なうちに手を打つ」という発想の制度です。

3-2. 「次の次」まで決められるのは信託だけ

遺言では、「自分が死んだら妻に、妻が死んだら長男に」という二段構えの指定が確実にはできません。妻が相続した時点で、その財産は妻のものになります。妻が誰に遺すかは妻の自由であり、いわゆる「後継ぎ遺贈」の効力については学説上の争いがあり、確実な方法とはいえないのが実務の理解です。

家族信託であれば、信託法91条に基づく「受益者連続型信託」で、受益権が移る順番をあらかじめ決められます。

受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。(信託法91条)

遺言と受益者連続型信託の違い 遺言では、夫が亡くなったときに妻へ渡すところまでは決められますが、その先、妻が亡くなったときに誰へ渡すかは妻の意思にゆだねられ、夫の実家の側へ戻らないおそれがあります。受益者連続型信託では、夫が亡くなったら妻へ、妻が亡くなったら長男へ、というように順番をあらかじめ決めておくことができます。 遺言の場合 夫(本人) 遺言で指定できる 妻が自由に決められる 妻の兄弟へ流れることも 受益者連続型信託の場合(信託法91条) 夫(第1受益者) 妻(第2受益者) 長男(第3受益者) 順番を契約で 決めておける ※ただし信託開始から30年経過後の承継は1回限り(30年ルール・第5回で解説)
図2:遺言と受益者連続型信託の違い。「次の次」を決められるのは信託だけです。

先祖代々の土地を守りたい、子のいないご夫婦で自分の血族に財産を戻したい——こうしたご希望は、遺言だけでは実現が難しく、信託の出番になります。

3-3. 遺言と信託の比較表

項目遺言家族信託
効き始める時期亡くなったとき契約したとき
生前の財産管理できないできる
二次相続以降の指定難しいできる(信託法91条)
撤回・変更いつでも単独で可能(民法1022条)契約の定めによる(原則、委託者と受益者の合意)
対象財産全財産(記載のない財産は遺産分割へ)信託した財産だけ
作成の手軽さ自筆証書なら1人で作成可専門家の関与が実質的に必須
費用比較的低い初期費用が大きい
亡くなった後の手続き遺言執行者が対応受託者がそのまま清算・引渡し(相続手続が簡素になる)

なお、遺言の利用は着実に増えています。日本公証人連合会によると、遺言公正証書の作成件数は令和7年で123,891件(令和6年は128,378件、令和5年は118,981件)。「まず遺言から」という選択は、決して間違いではありません。

4. 成年後見と家族信託の違い

4-1. 後見は「守る」制度。積極的な相続対策はできません

成年後見制度は、判断能力が不十分になった方を保護する制度です。その目的は本人の財産の維持であり、次のようなことは原則としてできません。

  • 相続税対策のための生前贈与
  • 収益を狙った資産の組換え・投資
  • 節税目的のアパート建築・借入れ
  • 家族のための支出(本人の利益にならないもの)

「相続対策を進めていた途中で父が認知症になり、後見が始まった。その瞬間から、対策がすべて止まった」——これは実際によく起きることです。

4-2. 「親族が後見人になれるとは限らない」という現実

もう一つ、ご相談時によく驚かれるのがこの点です。最高裁判所の統計(令和7年)を見てみましょう。

成年後見人等と本人との関係 令和7年に選任された成年後見人等のうち、親族が選ばれたのは16.4パーセントの7014件で、親族以外が選ばれたのは83.6パーセントの3万5718件です。親族以外の内訳は、司法書士1万1966件、弁護士8903件、社会福祉士7280件などとなっています。 成年後見人等に選ばれた人(令和7年・関係別件数42,732件) 16.4% 親族以外が 83.6%(35,718件) 親族 7,014件 親族以外の内訳(主なもの) 司法書士 11,966件 弁護士 8,903件 社会福祉士 7,280件 出典:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」
図3:後見人に選ばれるのは、8割超が親族以外の専門職です。誰を後見人にするかは家庭裁判所が決めます。

「長男を後見人にしてほしい」と申し立てても、そのとおりになるとは限りません。 後見人を選ぶのは家庭裁判所です。同じ統計では、親族を候補者として申立書に記載した事件は**19.7%**にとどまっています。

そして専門職が後見人になれば、家庭裁判所が定める報酬が本人が亡くなるまで毎年発生します。財産の額に応じて決まりますので、財産が多いほど負担も大きくなります。

4-3. それでも後見にしかできないことがある

一方で、後見にできて信託にできないことが明確にあります。身上保護です。

できること法定後見家族信託
施設の入所契約を本人に代わって結ぶ×
病院の入院手続を本人に代わって行う×
介護保険の申請・契約×
訪問して本人の生活状況を確認する(身上配慮義務)×
信託していない預金・不動産の管理×
本人に不利な契約を取り消す(保護)×
信託した財産の売却・修繕・組換え×(家裁の許可等が必要な場面あり)
亡くなった後の承継先の指定×

家族信託は「財産の一部を、決めた目的のために動かす」ための道具であり、生活そのものを支える制度ではありません。ここを取り違えると、「信託をしたから後見はいらない」という危険な理解になってしまいます。

4-4. 後見と信託の比較表

項目法定後見任意後見家族信託
開始のきっかけ判断能力の低下後、家庭裁判所へ申立て元気なうちに契約(公正証書)→ 低下後に監督人選任元気なうちに契約
誰が財産を管理するか家庭裁判所が選任した人あらかじめ自分が選んだ人あらかじめ自分が選んだ受託者
積極的な財産の活用原則できない契約の範囲内(ただし監督人の監督下)契約で定めた範囲で自由度が高い
身上保護できるできるできない
継続的な費用報酬が生涯続くことが多い任意後見監督人の報酬が発生受託者が家族なら無報酬の設計も可能
終わり方本人の死亡または能力回復まで同左契約で定めた終了事由

なお、任意後見監督人選任の申立ては令和7年で881件。法定後見の申立て(43,159件)と比べると、まだごく少数です。「元気なうちに備える」という選択肢自体が、まだ十分に知られていないことがうかがえます。

5. 生前贈与と家族信託の違い

5-1. 贈与は「渡しきり」、信託は「渡すが、目的で縛る」

生前贈与は、財産の所有権そのものを渡す行為です。渡した瞬間から、その財産は受け取った人のもの。使い道に口を出すことはできません。

  • 渡した子が浪費してしまう
  • 渡した子が先に亡くなり、その配偶者側へ流れてしまう
  • 渡した子が離婚し、財産分与の対象になる

こうしたリスクを避けたい場合、信託であれば「毎月◯万円ずつ渡す」「学費と生活費に限る」といった条件を付けられます。渡すけれども、目的で縛る。ここが決定的に違います。

5-2. 税負担の違い

項目生前贈与家族信託(自益信託)
渡したときの贈与税かかる(暦年課税:基礎控除110万円超の部分に課税)かからない(実質的な持ち主が変わらないため)
相続時精算課税を選んだ場合年110万円の基礎控除+特別控除2,500万円(令和6年1月1日以後の贈与)
相続税の課税価格への加算相続開始前の一定期間の贈与は加算(下表参照)受益権が相続財産として課税
不動産取得税かかるかからない(地方税法73条の7第3号)
登録免許税(不動産)所有権移転で2%(固定資産税評価額)所有権移転は非課税。信託の登記は0.4%(土地は0.3%)

生前贈与加算の期間は、令和5年度の税制改正で3年から7年へ段階的に延長されています。

相続開始の時期加算の対象になる期間
令和8年12月31日まで相続開始前3年以内
令和9年1月1日〜令和12年12月31日令和6年1月1日から死亡の日まで
令和13年1月1日以後相続開始前7年以内

延長された部分(相続開始前3年より前の贈与)については、総額100万円までは加算されません。

「毎年110万円ずつ贈与していたのに、亡くなる直前の分が相続財産に戻された」というご相談は珍しくありません。生前贈与は早く始めるほど効く制度である一方、認知症になれば贈与契約自体が結べなくなります。この点でも、元気なうちの決断が要になります。

6. 「どれか一つ」ではなく、組み合わせが基本

ここまで読まれて、「結局どれも一長一短では」と思われたかもしれません。そのとおりです。だからこそ実務では、足りない部分を補い合う組み合わせを設計します。

家族信託・遺言・任意後見の組み合わせ 家族信託は信託した財産の管理と承継を担い、遺言は信託していない財産の分け方を決め、任意後見は施設や病院の契約など身のまわりの手続きを担います。この3つを組み合わせることで、財産面と生活面の両方に空白がなくなります。 3つを組み合わせると、財産面も生活面も空白がなくなります 家族信託 実家・アパート・ 管理用の資金 生前の管理+ 承継先の指定 遺言 信託していない 預金・有価証券など 「残りは全部◯◯へ」 の一文が効く 任意後見 施設・病院の契約 介護保険の申請 信託ではできない 身のまわりの手続き 信託だけでは足りない。遺言だけでも足りない。重ねて初めて隙間が埋まります
図4:実務でよく採る組み合わせ。信託・遺言・任意後見はライバルではなく、役割分担の関係です。

とくに大切なのが、信託契約と同時に「残りの財産をどうするか」の遺言を作っておくことです。信託の対象はあくまで信託した財産だけですから、信託していない預金や有価証券は、遺言がなければ遺産分割協議が必要になります。「信託を作ったから安心」と思っていたら、結局は相続人全員の話し合いが必要だった——という事態を避けるためです。

7. どれを選ぶか|判断の手がかり

制度選びの手がかり まず判断能力がすでに低下しているかどうかで分かれます。低下している場合は法定後見しか選べません。まだ元気な場合は、生前の財産管理が必要かどうかで分かれ、必要がなければ遺言、必要であれば家族信託や任意後見を検討します。さらに二次相続以降の承継先まで決めたい場合は家族信託が有力な選択肢になります。 判断能力はまだ十分にありますか? はい いいえ 法定後見しか選べません 信託・遺言・贈与はできません 生前の財産管理は必要ですか? いいえ はい まず遺言 (+任意後見) 家族信託を検討 +遺言+任意後見 さらに「次の次」まで決めたい/共有不動産がある/障害のあるお子さまがいる → 家族信託の必要性が高い場面です(詳しくは第3回)
図5:制度選びの手がかり。判断能力が失われた後は選択肢が一つしか残らない、という点がもっとも重要です。

よくある質問

Q1. 遺言と家族信託の両方を作ると、内容が矛盾しませんか?

信託した財産は受託者の名義になっており、遺言の対象にはなりません(信託契約で定めた帰属先へ渡ります)。ですから、遺言には「信託財産以外の財産について」と明記して作るのが基本です。両方を同じ専門家が同時に設計すれば、矛盾は生じません。

Q2. 家族信託をすれば、成年後見は不要になりますか?

いいえ。信託ができるのは「信託した財産の管理・処分」だけです。施設の入所契約や介護保険の手続きといった身上保護は、後見でなければできません。信託と任意後見をセットで準備するのが、実務上の標準的な備え方です。

Q3. すでに成年後見が始まっています。今から信託はできますか?

原則としてできません。信託契約には本人の意思能力が必要であり、後見が開始しているということは、それが失われていると家庭裁判所が判断した状態だからです。「後見が始まる前」が信託のタイムリミットです。

Q4. 生前贈与と信託は、どちらが相続税で有利ですか?

相続税だけを見れば、計画的な生前贈与のほうが課税価格を圧縮できる場面が多くなります。信託そのものに節税効果はありません。ただし、贈与は「渡しきり」で管理を任せられないという弱点があります。「税負担を軽くしたいが、まだ子に渡しきるのは不安」という場合には、贈与と信託を併用する設計もあります。

Q5. 家族が遠方にいます。それでも受託者になれますか?

法律上は可能です。ただし受託者には、帳簿の作成、年1回の報告、信託口口座の管理、不動産があれば修繕の手配といった実務が続きます。遠方の場合は負担が重くなりやすいため、信託監督人を置く、受託者を法人にする、といった補強を検討します。

まとめ

  • 4つの制度は競合ではなく、カバーする「時間」と「役割」が違う
  • 遺言…死後の分け方を決める。生前の管理はできない。二次相続以降の指定は難しい
  • 法定後見…判断能力低下後の保護。積極的な相続対策はできず、8割超は親族以外が選任される
  • 生前贈与…渡しきり。贈与税がかかり、相続開始前一定期間の贈与は相続財産に加算される
  • 家族信託…契約時から死後の承継まで通してカバー。ただし身上保護はできない
  • 判断能力が失われた後は、法定後見しか選べなくなる。これが最大のタイムリミット
  • 実務の標準は「信託+遺言+任意後見」の組み合わせ。信託しない財産を遺言で拾う

次回は、家族信託が実際に有効となる具体的な場面を5つ取り上げます。

第3回:家族信託が有効な5つの場面

ご参考(令和8年8月17日現在)

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なお、不動産の信託登記は司法書士、ご家族間に争いがある場合は弁護士と、提携の専門家と連携して進めます。

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